
#小4の私は叫んだ!『岡江久美子知りませんかー?』
わたしが小学生くらいの時、よく母と二人でデパートに行くことがありました。
母の買い物に付き合うのを嫌がっていたのかアイスが食べたかったのかわからないけど、私は母の買い物の間は地下のアイスクリーム屋さんで待っていることが多かったんです。
携帯電話もない時代にすごいなぁと思いますが当時は問題なくそんなことをしていました。
母はいつも「○○売り場にいるから、戻ってくるまで待っててね」と言って離れるのですが
全然帰ってこないマイペース母だったので、アイスを食べ終わって暇を持て余すと
私はその売り場に母をよく探しに行っていました。
母とのデパートやスーパーでの記憶は常に「追いかけてる」ことが多いんでうs。あまり手を繋がない人で尚且つ、せっかちで早歩き。いつも私を置いてスタスタとどこかに行ってしまうんです。
慣れっこの私は寂しいとか不安とかは全くなく、見失った時は1列ずつ通路を確認して探して、最後には結局母を見つけることができて、母も私もその方法に慣れてしまっていました。
しかしある日、小4くらいの時、探しても探しても全く母が見つからないことがありました。
不安になってきた私はアイス売り場に戻ったのですがいない。もう一度売り場に行っても母がいない。とても不安になり、焦り、どうしようか困ってしまいました。
でもそういう状況になると、人って精一杯考えて知恵を絞ってなんとか乗り越えようとするんですよね。
考えた末に私は「ママー」と叫びながら探していたのをやめ、「岡江さん!岡江久美子さん!」と叫ぶように変えました。
これなら、母も気付きやすいし母を見かけた人が聞けば、情報をもらえるかもしれないと思ったのです。
そしてそれでの見つからなかったので「岡江久美子を見ませんでしたか?」と店員さんに聞いてまわりました。
初めて有名人のこどものメリットに気がついた瞬間です(笑)
すると一人の店員さんが「あっちに行ったわよ」と教えてくれて、なんとか母と会うことができました。
母はただマイペースに買い物をしていました。大したことじゃなさそうに「ごめーん」とまるで会えるのが分かっていたように軽く謝っていたのがすごく嫌だったのを覚えています。でもどんなことも大袈裟に捉えず「まぁいっか!」で流すのが上手い母でしたから「会えたんだしいいでしょ」という考えだったんだと思います。
私が誘拐されなくてほんとうによかった。
途中お手洗いに行っていたようで探してる時にはすれ違ってしまったのでしょう。
母の名前を叫んだ話をすると「あたまいい!」と褒められました。いやいや、子どもを置いてそんなに長くでかけないでよ!私は軽く文句を言いながらも
それからしばらくはやはり、買い物には付き合わずにアイス屋で待っていましたね。そしてその出来事で学んだ私は探しに行くのをやめてアイス屋さんで待つようになりました。いつアイス屋に行かなくなったのか全然思い出せないけれど、いつからか、母との買い物が好きになっていって待つことはなくなりました。
いまでもそのデパートに行くと思いだす出来事です。
今テレビなどでこんな話すると「虐待だ!放置だ!」と騒がれてしまうかもしれませんが
携帯電話のない当時はそういうすれ違いは多々あったのだと思います。
今の時代、年齢によってはそうやって待たせるのは危険なので推奨はしませんが
過保護より放任主義の方が子どもがよく考える子に育つというのは、まさにこういうことで
失敗したり、予期せぬことが起きた時に「どうしたらいいだろう」と困る前にまず解決策を考えようとする性格になったのは、もしかしたら悪気なくマイペースだった母のおかげかもしれません。


