
#4 自立しすぎた10歳と必死に話題を考える母
「自立した人間に育ってほしい。」
前回のコラムに書いたように、そう願いながら子育てをしてはいたけれど、まさか娘が10歳でタイに留学し、寮に入るとは想像もしませんでした。
私が自立させすぎてしまったのか、、
元々そういう性格なのか。
この夏、ついに留学するという日の朝、
私は一緒に荷造りしながら「忘れ物ない?」「本当に大丈夫?」を何回も繰り返していたら
本人はスーツケースをササッと閉めながら
「大丈夫だよ、大抵のことはなんとかなるよ」
の一言。
あの瞬間、子どもに背中を押されるって、こういうことかと実感。
彼女の口癖「なんとかなるよ」はタイでも「マイペンライ」という言葉で国民に親しまれている言葉です。
彼女とタイの相性は最初から悪くなかったと言えるでしょうね。
とはいえ、さすがの彼女も一人で留学したあとは、寂しくて毎日泣いてしまうのではないかと心配していました。なにせそれまで二人暮らしだったし、とても仲のいい親子だから。
しかし彼女はもはや自立しすぎた10歳。
泣いていたのは1日だけで、次の日からテレビ電話で新しくできた友人を紹介してくれたり、友達と遊びたいからまた明日ね!と言って早めに電話を切られることも。
もう戻れない。このまま突き進むのでしょう。
今思えば、彼女が3歳になる前、離婚届を出した夜に、一緒に寝ながら突然彼女がわたしを抱きしめて「わたしがいるから」と言ったことがありました。
今でも忘れられません。
夢かと錯覚するようなできごと。
わたしは娘に愚痴をこぼしたことがなかったし、離婚も伝えていませんでした。前向きな離婚だったけれど、ただ少しだけ、その当日の夜はふと心が寂しかったのは確か。
彼女の言葉にハッとして、でもなんだか心がフワッと柔らかくなって、、、彼女にバレないように泣きました。
わたしの母が亡くなったときも、彼女はまだ5歳。
不安を悟られまいと毅然としていたけれど、ある夜、また私を抱きしめて「大丈夫だよ」と言ったんです。
どういう意味で言ったのかわかりません。
彼女はときどき、まるで母のようにわたしを包み込んでくれる存在です。
私たちは普段、離れている時は、毎日タイと日本でテレビ電話をしています。
顔を見ると安心するし、声を聞くと元気になる!
…はずなのに。
まだ留学して2ヶ月目くらいの時に、5分ほど話した後、画面の向こうから
「もう話すこと、ないね」
と言われて、、びっくり。
私は聞きたいことがたくさんあったし、まだまだ顔も見ていたくて、色々話しかけたけど
会話は続きませんでした。
沈黙に耐えきれず「歯は磨いた?」とどうでも良い話をする私に
「じゃーねー」とさっぱりと電話を切った娘。
立場が逆転!!
寂しくて仕方がないのは私の方です。
二人で寝ていたベッドがとても広く感じて。
温もりがないベッドで眠れない夜を過ごしました。
子育てでよく言われる「自立」。
何でも一人でできることだと思っていたけれど、どうやらそうでもないみたい。
自立って「ちゃんと自分で考える力」と
「必要なときに人を頼れる力」がセットになっている状態。
そのバランスが難しいですよね。
実は私も前者が強いタイプで人に頼らず、全て自分でやってのけようとしてしまうところがあります。
甘え上手な友人を羨ましいと思ってしまうこともあります。「助けて。」ってどうしたって言えなくて。人に頼むくらいなら自分でやった方がマシ。とがんばりすぎて
ときどき必要以上に疲れることも。
娘も、もしかしたら私に似てしまって強すぎて我慢してはいないだろうか?私が、彼女を必要以上に強くさせてしまってるのではないか、、そう悩んだこともありました。
いや、正直にいって今も悩んでいます。
だから私は、早めに電話を切られないようになんとか話題をひねり出したり、なんとか頼ってもらい、なんとか甘えられる環境を提供しようと努めています。
「もう話すことないね」と言われても、
電話を切らない母でいたい!
自立しすぎな10歳の、
“帰ってこられる余白”担当として。
次回は私と母の「自立」にまつわるエピソードを綴ります。
かけがえのない素敵な一週間をお過ごしくださいね!


